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亨進二代王様は天一国合衆国憲法の実体

神は摂理の節目で人間にみ言をお与えになるが、その時み言を受け止める実体がいなければならない。
かつて旧約以前の段階では、人間に与えられたみ言はなく、万物を供物として捧げることで条件を立てていた。時が満ち、神は、み言を受け止めるにふさわしい実体モーセに対し十戒を中心とする律法のみ言を授けられた。そして、モーセを通してみ言はイスラエル民族に伝えられた。イスラエル民族は供物をする段階から律法を守って条件とする段階にシフトアップし旧約時代となった。
次に神は、時が満ちると、福音のみ言を受け止めることのできる実体イエスに与えられた。そして、イエスを通して福音のみ言はイスラエル民族と全人類に広められていき、新約時代にギアチェンジした。
ここで大切なことは、実体がいなければ、神はみ言を与えることもできないし、時代をステップアップさせることもできないという点です。自動書記のような方法でみ言だけを人間に与えることもできないという点です。そして実体は、み言を人類に伝えると共に、自ら率先垂範して、み言を実践し、模範となって歩みます。
そして、成約時代のお父様も同様です。原理のみ言はお父様を通して人類に与えられました。信徒たちはお父様が実践し歩まれる姿を通してみ言の深遠な内容を理解しました。
天一憲法は、相続者が宣布制定するとお父様が予言されました。そして、それはすでに亨進二代王様によって成就されました。艱難時代が過ぎ去れば、いよいよ天一国が地上に顕現するときを迎えます。
私達は、亨進二代王様の歩まれる姿を手本として
似た者になる努力をすることで、全く新しい世界を見ることができるでしょう。

ヨハネの黙示録 第21章3節と4節
21:3また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、 21:4人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。

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