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星空を見上げて

宝石をバラ撒いたように美しい星空を見上げた時、何を考えますか?

織姫と彦星のロマンチックな天空のラブロマンスでしょうか?

自分の場合は、感傷的な気分になることはなく、物理的な観点から空想したり、宗教的な切り口で物思いに耽るタイプです。

かって、中世暗黒時代に、「星は遠くにある太陽だ。」と言った天文学者が火あぶりにされました。
その理由はこうです。もし星が太陽なら、そこには地球があり、人類が存在し、多くの罪を犯しているはずだ。それを救うためにイエス様が遣わされているだろう。宇宙には無数の星があるので無数のイエス様がいらっしゃることになる。イエス様は、神のひとり子だから世を惑わす異端の教えとされてしまった。

もしかしたら、宇宙のどこかには、知的生命が存在しているかもしれない。しかし責任分担の与えられた生物はいないと思う。なぜなら、神様は、そこで創造目的を完成することができてしまい、地球の堕落人間を救う必要性がなくなってしまう。だから、責任分担の与えられた宇宙人は存在しないという結論になる。

また、どうして夜空は、真っ白でないのだろう。どうして、真っ黒でもないのだろう。もし宇宙に無数の星があるとすれば、夜空のどの方角を指しても、その先には星があるから真っ白になるだろう。また、 宇宙は途方もなく広い。最も近い恒星で4光年、最も遠い星は470億光年、太陽との距離は、たったの8光分、同じ明るさの星が1億倍遠くにあれば、届く光は1億分の1になるはず、トータルすれば、真っ黒になるのではないか?

では、なぜ夜空は、手ごろな明るさになっているのだろうか?人間が宇宙に好奇心を抱き、観測しようとした時に真っ白や真っ黒では観測できなくなってしまうので、人間のために神様が、夜空を適当な明るさにしてくださったと考えることが最も合理的なような気がします。

最終的には、被造万物は全て、人間のために神様がお創りになったのだな。神様って本当に愛だな。ありがとうございます。という気持ちになって家路につくことになります。皆様、おやすみなさい。

by ロード


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