宗教を求めず、関係性を求める。とは?

2016年3月20日亨進二代王様説教「御国が来ますように」は、宗教、王国、福音、政治、法律、などを考える上で、ハジメの一歩となる名説教だと思います。

http://wpus-jp.xsrv.jp/h20160320mg

私は、テキスト読み上げアプリを利用して、日本語音声を聴きながら、「日本語翻訳ソース webサイト」を読み直してみました。

ちなみに、文中のバイブルプロジェクトビデオ「HERVEN&EARTH」では、全画面で再生すると右下のアイコンから日本語字幕を表示することができます。

説教の中で印象に残った箇所をいくつか引用します。
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「イエス様が宗教を創りに来られたのではなかったようにお父様も宗教を立てるために来られたのではありません。関係性です。関係性を築こうとされたのです。」
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「イエス様はあなた方に宗教をつくってそこの信徒になってほしいなどとは思っていませんでした。皆さんがその市民になれるような王国を建設したかったというのです。」
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「一体福音書のどこに「私は十字架で死ぬために遣わされた」とありますか。あれば教えてほしいものです。」
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キリスト者はクラブの会員ではなくキリストに生命を捧げた者です。」
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「自由と責任の観点から王国について考える時、エデンの園で神様が与えられた法はただ一つでした。」
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「宗教を追い求めるのではありません。神様との関係性を求めるのです。自分が暮らす神の国を追い求めるのです。」
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天一憲法では、はっきり天一国合衆国の名を謳っています。そこに様々な国が自由と責任を中心として集まり一つになるのです。」
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この説教を私のレベルで咀嚼し整理してみました。
メシアは、抽象的で観念的な教理を説き、儀式を行う宗教団体を創りに来られたのではありません。だから、我々も宗教組織に所属し、その責任者の指示に従うだけで、満足し安心してはなりません。まず我々は、メシアと血統的につながり、メシアと心情的な関係を確立しなければなりません。つまり、重要なポイントは、宗教組織につながるのではなく、メシアにつながることです。その上で、亨進二代王様とひとつとなって、具体的・実体的・現実的な天一国の創建を目指して前進しましょう。

最後に、亨進二代王様は説教を以下のように締めくくられました。
「私たちは弱いかもしれません、弱く見えるかもしれません。踏みつぶすのは容易いと見えるかもしれません。しかし真なる人々が集い一つとなる時、勝利しかないのです。神様が私たちの側におられるからです。」

by ロード

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