完全投入!

ひょんなことから、信仰初期の頃のメンバーと交流する機会を持つことができた。懐かしい昔のメンバーの話をしながら、不思議な感覚を覚えた。それは心の中で、現在の自分が20代の頃の自分自身と対話している感覚である。私は真理を探し求め続けて悩み苦しみ、最後に統一原理に辿り着いたというタイプではなかった。むしろ、なぜだか理由もなく自信満々・意気揚々と生きている中で、たまたま統一原理に出会い、熟慮の末この道に人生を賭けることに決めた。私の一貫したモットーは自己決定・自己責任なので、仮に裏目が出ても、余り後悔しない、悪く言えば反省の足りない生き方であった。そして20代の頃の自分が現在の私に語りかけ「当時は燃えていたが、今ではマンネリ化して、基準が下がっていないか」と問い掛けてきた。「確かに、当時はとてもピュアだった。『初心忘れるべからず』だね。思い出させてくれて、ありがとう」と20代の自分に対して応えた。オシャレで開放的なビデオセンター時代を卒業し教会に入教した。教会長室に入ると異次元の世界があった。壁には日本をとり巻く極東の地図が貼ってあり、ソ連の多数の核ミサイルが日本を狙っていた。横の壁には、み言「完全投入」が貼ってあり、それらを見て身が引き締まった。つくづく当時の状況と現在の世界情勢はソックリだと感じる。




「完全投入」

同じ戦うなら目標を立ててやるんだ。
神と中心の前に必ず成し遂げることを誓ってやれ。
やらなければ死んでしまうという真剣勝負の心が必要。
冒険的・挑戦的生活が必要。
一心不乱に祈れ!
気狂いの如くやってみよ!
そうしたら先生が啓示を教えてくれる。
霊界が先生を証ししようと準備している。
み旨の為死んだ覚悟で飛び込め!
そうすれば生きる。
ふらふらしていると本当に死ぬ。
先生はみ旨の為いつも無理をしている。
ある時はたまらない程体の調子が悪い時がある。
しかし疲れて死んだとしてもそれがみ旨だ。
だから死んでもっともだと思う。
ありったけの力を尽くせ!
力が完全に尽き果てた時神の前に完全にマイナスとなって再び生きてしまう。
それが原理だ。
だから絶対的信仰をもってやれば後の責任は神が責任を持つ。
故に自己の限界に挑戦せよ。
文鮮明




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