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お父様の御苦労を思いながら

キリストのイチの「み」(秀さんの記事を読んで)を拝見し、いろいろ考えさせられました。

あらためて、秀さん・araedeulさん 貴重なご意見ありがとうございました。

コメントに書き込むのではなく、新しく記事を起こさせていただきました。

まず、秀さんは、一昔前の反対派・左翼系マスコミの論調そっくりなので、私が意見を伝えたかった範疇の方ではございませでした。ですから、特に反論は、ございません。

ところで、「araedeulさん、あなたは、サンクチュアリー人ですか?秀さんは亨進二代王様絶対主義を御批判されています。その批判内容をそのまま受け入れた形でサンクチュアリーカテゴリー内で紹介されるのは、いかがなものでしょうか。私も喧嘩は好きではありませんのでご安心ください。」

霊感商法を実際に、ご覧になったことがないと言われるaraedeulさんは、どのようなイメージをお持ちでしょうか?もし、好感度にあふれる文面をお書きの好青年araedeulさんが、霊感商法にネガティヴな印象をお持ちであれば、あなたのような方こそ、前回の記事のターゲットのひとりです。そして、考え方を少しでも近づけたいという狙いでした。

わたしの立ち位置は、霊感商法は、あくまでも、お父様が認められた摂理であった。というスタンスです。
そして、記事で伝えたかったことは、み旨のためという動機で関わった協会員が犯罪者扱いされた心の傷を少しでも癒したい。騙された被害者と思わされてきた方に、無駄ではありませんでしたよ。ありがとうございました。と伝えたい。そして何よりも、お父様の名誉を少しでも回復したい。という思いなのです。

韓国における6マリア問題と、日本における霊感商法の問題は、似た側面を持ちます。当時は公表することはできず、もし教会責任者が認めれば、教会が消滅することになります。そして、長い間、教会内では、タブー視されてきました。社会からはその時のイメージの延長で見られてきました。

サンクチュアリー教会は、お父様の御聖和後に設立された団体ですので、6マリアも霊感商法も直接的には関係しておりません。

しかし、神様からの凄まじいプレッシャーを受け、ご自分が汚名を着せられることを甘受し、教会員を苦境に追いやることを承知の上でこのような摂理を決断し、押し進めなければならなかったお父様の苦しいご事情を考えたときに、例え今からでも、たとえ僅かでも、お父様のご苦労された心情をお慰めし、恨の解放を目指すことが、私たちサンクチュアリー人のアイデンティティ(存在意義)ではないかと感じたからです。

by ロード


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