稀有な政治家を悼む米の日本研究者 古森義久

https://www.sankei.com/article/20220812-R2NT5T6MB5IS5MK2A6733M4GQY/

安倍晋三元首相が銃撃され死亡してから1カ月が過ぎた。この間、なおも安倍氏の政治的な業績を正面から総括し、その喪失を悼む米国側の態度が、日本側の動きと対照的なほど異なることを痛感する。
日本では安倍氏の政治遺産の評価やこの冷酷な殺人の理不尽さの糾弾よりも、旧統一教会の疑惑の動きに焦点が移り、この疑惑が安倍氏の殺害をあたかも正当化するような示唆さえ目立つ。いかなる「動機」も残忍な殺戮(さつりく)を許せるものではない。その意味では安倍氏の悲劇と旧統一教会とはなんの関係もないといえよう。
安倍氏の死に対し、米国側における正面からの国際的な反響と深い人間的な共鳴を実感させたのは、日本研究の学者として知られるケビン・ドーク氏の言葉だった。









【感想】

本来ならマスコミは様々な角度から報道すべきであるが、なぜか旧統一教会叩きで統一されている。米英の諜報機関で単独犯行説を信じている者はいないとも聞く。私が最も疑念を抱く点は、最初に救命措置を担当した福島教授の記者会見と司法解剖の結果が矛盾する点である。福島教授は心臓が撃ち抜かれたと言い、司法解剖では心臓の損傷はなく、動脈の欠損による出血が死因であるとした。無論、前者の信憑性があり、後者には疑念がある。スナイパー説を採れば、3DのVR動画を公開している内科医の解説は、説得力のある状況証拠である。弾丸が見つからない点は、ガリウム弾であろうが、他の方法であろうが製作可能だと言う。もし単独犯行説が否定されれば、マスコミの旧統一教会叩きが、逆に問題となる。政教分離とは、宗教団体による政治への影響力を排除することではなく、政治による特定の宗教団体を優遇あるいは弾圧を禁止することである。よって旧統一教会を叩くならば、同様に創価学会や無神教の共産党も調査しなければならないはずである。




by ロード



クリックして応援してね。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村